
CRAIG RICHARDS
アーティスト、レコードコレクター、夢追いびと、DJ、プロデューサー、そしてクラブカルチャーを体現するジェントルマン——Craig Richardsを表現する言葉はいくつもあるが、何より彼は「ストーリーテラー」である。あらゆる活動に生命を吹き込み、広がりと物語を与えるその才能こそが、彼の成功の秘密だ。
多くの同世代の DJ とは異なり、Craig はひとつの場所に留まり続けることで世界的な評価を獲得した。ロンドンの fabric で18年間にわたりアーティスト・イン・レジデンスを務めた彼は、世界的に知られるこのクラブの音楽的アイデンティティを形作っただけでなく、英国のアンダーグラウンド・ミュージックそのものにも大きな影響を与えてきた。
物語は1980年代半ばのボーンマスから始まる。ロカビリー専門の理容師として働いていた Craig は、ロンドンへの訪問や、海辺の故郷で繰り広げられるバンクホリデーの熱狂に刺激を受け、パブや地下室、キャバレークラブなどで小規模なパーティーを企画するようになる。そこで流れていたのは、ジャズ、ファンク、レゲエ、ディスコ、ソウルだった。
1984年にはハリウッドで生活。当時のハリウッドは荒々しくエッジが効き、どこか忘れ去られたような場所だった。そこで体験した伝説的なダウンタウンのウェアハウスパーティー Dirtbox や Power Tools は、彼の未来に対するビジョンに大きな影響を与えた。アンダーグラウンドパーティーのエネルギーと興奮は、次第に彼の人生そのものとなっていく。その後、ニューヨークの Paradise Garage、Danceteria、Save the Robots、さらにロンドンの Shoom、Taboo、The Mud Club などを訪れた経験によって、クラブとパーティーへの生涯にわたる愛情が決定的なものとなった。
1987年、アシッドハウス旋風がロンドンを席巻し始めたまさにその時期に、Craig はロンドンの St. Martins School of Art に入学。在学中には仲間たちと、Sex Pistols が初ライブを行ったことでも知られる伝説的な学内コーヒーバーでパーティーを開催した。
1991年には Royal College of Art に進学し、そこでも個性豊かなアート学生たちを相手にコーヒーバーで定期的に DJ を行う。卒業後、アシッドハウスの巨大な波とカラフルな仲間たちを背景に、伝説的なサッカー選手でありプレイボーイとしても知られた George Best にちなんだ大規模なテーマパーティー Georgie をスタート。映画スタジオをはじめとするロンドンのユニークなスペースを豪華に装飾して開催されたパーティーは、大きな成功を収めた。
この時期、Craig はアーティストとして絵画を制作・発表する一方、デザイナーとして Absolut Vodka、Paul Smith、Sapporo Beer、ダンサーの Michael Clark などの仕事も手掛けていた。
自身のパーティーでレコードをプレイしていたものの、Craig 自身は長い間、DJ というより「レコードコレクター」だと考えていた。しかし1990年代半ば、2台目のターンテーブルを手にしたことをきっかけに、独特かつ予測不能な自身のサウンドを確立していく。ディープハウス、ダビーなテクノ、ボンゴ、インタープラネタリー・ディスコ、ファンク、アブストラクトなビートが混ざり合う、トリッピーなスタイルだった。
1997年には旧友 Sasha、香港から帰国したばかりの Lee Burridge とともに、後に伝説となる Tyrant を始動。ロンドンの The End とノッティンガムの The Bomb で長期にわたるレジデンシーを展開し、やがて象徴的な存在となっていった。
Sasha が早い段階でプロジェクトを離れたことで、CraigとLeeはそれぞれ1台ずつのターンテーブルを担当するスタイルへ移行。互いに音楽を投げ合うような独自のB2Bスタイルが生まれ、そのサウンドは瞬く間に世界各地のクラブで知られるようになる。高い評価を得た2枚のミックス CD によって、2人の催眠的な「押し引き」のサウンドが確立され、Tyrant Soundsystem として知られるようになった。また、レーベル The Nothing Special からは Sieg Über Die Sonne、Silicon Scally、SCSI-9、Swag、Soul Capsule、Transparent Sound などの作品をリリースしている。
1998年、CraigはかつてThe Drum Clubの拠点だった Soundshaft でアンダーグラウンド・ハウスパーティー Freaky Disco をスタート。その後、キングス・クロスの The Cross へと場所を移し、Swayzak、Jon Marsh、The Psychonauts、Derrick Carter らをゲストに迎えた。
Craig と Terry Francis はレジデントを務め、歪みと揺らぎを持つ独自のテックハウス・サウンドを展開。その活動がきっかけとなり、当時まだ建設中だった fabric から毎週のレジデンシーをオファーされる。クラブの音楽的アイデンティティは、一方のフロアをCraig、もう一方を Terry が担う形で築かれていった。
それから18年。Craig のウィークリー・レジデンシーは、fabric の成功と世界的評価に欠かせない存在となった。アーティスト・イン・レジデンス、そしてミュージカル・ディレクターとして、土曜夜のプログラミングにおける現代的なアプローチを築き、DJ としても妥協のない独自のサウンドによってクラブに唯一無二の個性を与えてきた。
特に早朝のセットはロンドンの伝説となっており、決して同じ展開を繰り返さず、常に挑戦的。ダブ、ジャズ、エレクトロ、ディスコ、テクノまで、その選曲の幅広さと、あらゆる音楽的状況に適応する柔軟性によって、リスナーを真の音楽旅行へと導く DJ である。
fabric が突然の営業停止を経験し、その後歓喜とともに再オープンを果たした時も、Craig は変わらずその中心にいた。常に現在進行形であり、挑戦を続け、今もそこにいる。彼のレジデンシーは、ダンスミュージック史において最も重要なもののひとつと言って間違いない。緻密で、比類なき影響力を持ち、音楽への深い知識に裏打ちされながら、情熱と個性、奥行きに満ちている。
fabric でのレジデンシーによって海外での活動には一定の制約があったものの、ニュージーランドやニューヨークでもレジデンシーを経験。日本でも定期的にプレイし、アンダーグラウンド・ミュージックが真に理解される場所へと世界各地を巡ってきた。Ricardo Villalobos、Nicolas Lutz、Francesco Del Garda、Ben UFO らとの刺激的な B2B セットも世界各地で披露している。時間を見つけては、絵画制作や楽曲制作にも取り組んでいる。
自身のレーベル THENOTHINGSPECIAL からは、Schatrax、Calibre、Trevino、dBridge などの作品をリリースし、すべてのジャケットにCraig自身の絵画やドローイングを使用。さらに近年は7インチ専門レーベル Tuppence を立ち上げ、Radioactive Man、Convextion、Deadbeat などの作品を発表している。
スタジオの鬼才 Howie B とのコラボレーションも長年にわたり継続。2006年には受賞歴を持つアニメーション作品 Rabbit のサウンドトラックを共同制作し、音楽、詩、ドローイングを収録した限定ボックスセットも発表した。Craig自身の代表的なリリースには"Sleeping Rough"、"My Friend Is Losing His Mind”などがある。
2009年初頭には、Royal College of Art時代の恩師 David Blamey とともに、ロンドンの Royal Academy で開催されたグループ展にて、サウンド・コラボレーション作品”Quiet Please”を発表。同展には Malcolm McLaren や William Burroughs も参加していた。この作品の成功を受け、Victoria and Albert Museum では”Quiet Place”を発表。6台のターンテーブル、4台の CD プレーヤー、シンセサイザー、マイクを駆使した多層的かつ異世界的なサウンドインスタレーションによって、アートと DJ 体験の境界を曖昧にした。
2013年には、The Nothing Specialから自身初の EP"Sleeping Rough"をリリース。2018年には2作目の EP"My Friend Is Losing His Mind"を同レーベルから発表した。
2017年、Craig にノーフォークで新たなフェスティバルをキュレーションする機会が訪れる。会場となる Houghton Hall と既存の彫刻庭園に強く感銘を受けた彼は、ここをアートとエレクトロニックミュージックを融合したフェスティバルにすることを決意。こうして誕生した Houghton Festival の第1回は大成功を収めた。「シンプルに、しかし可能な限り最高の形で」というCraigの哲学が、見事に結実した。
その結果、2018年、2019年、2021年の Houghton のチケットは数時間で完売。2019年には悪天候により、完売していたにもかかわらず開催当日に中止を余儀なくされた。その後もパンデミックによる中止が続いた。Culture Recovery Fund からの資金援助を受けられない状況の中、Craig と少数精鋭のチームは2019年のラインナップを尊重しながら Houghton を復活させることを決意。2022年のカムバックは強烈なインパクトを残し、同フェスティバルが英国のカルチャー、そして国際的なエレクトロニックミュージックシーンにおいて確かな存在であることを証明した。
2022年、2023年、2024年は、音楽的多様性とビジュアルアートの両面において Houghton 史上でも特に充実した年となった。Craig 自身も複数の大型金属彫刻をデザインし、そのひとつは亡き Andrew Weatherall に捧げられている。
第1回 Houghton Festival に合わせ、Craig は2017年に出演したすべてのアーティストを描いたドローイング集を制作。これをきっかけに、美術学校卒業後初となる個展/ブックローンチ"A Show of Heads Inside and Out"をロンドン中心部で開催した。
2018年には、Kennedy London のプロデュースによるプロジェクト I Want To Like You But I Find It Difficult をスタート。ミラノの Fondazione Prada を舞台に3回にわたって開催されたこのシリーズでは、世界最高峰のサウンドシステムを備えたユニークな空間で、幅広いライブアーティストや DJ を紹介。Ricardo Villalobos、Midori Takada、Mulatu Astatke らが出演した。
2018年、2019年、2022年には、タイの Wonderfruit Festival でQuarryステージをキュレーション。Collisions の名のもと、UK とヨーロッパを代表する選りすぐりのアーティストを集め、3夜にわたってエクレクティックな音楽を展開した。
2023年には、東京都および 東京都庭園美術館 と連携して開催された東京の Prada Mode で、週末の音楽プログラムのキュレーションを担当。日本を代表する文化施設のひとつを舞台に、来場者は歴史的建築、美術館、そして 妹島和世 がキュレーションした庭園内のサイトスペシフィック作品など、さまざまな形のアートを体験した。
Craig はその空間を彩るサウンドトラックとして、Hania Rani、Nik Luscombe、Ivan Smagghe、E/Tape、Tomoko Sauvage、Gigi Masin、Jim O’Rourke & Eiko Ishibashi、Roméo Poirier、Open Reel Ensemble、U-Zhaan、Devon Turnbull らをプログラムした。
パンデミック以降、Craig の海外 DJ スケジュールは途切れることなく続いている。それに加え、Houghton Festival の音楽・芸術ディレクションに多くの時間を費やしてきたことで、しばらくの間スタジオでの制作活動からは離れていた。
2025年には、長年にわたって制作しながら完成に至っていなかった多くの楽曲をリリースする予定だという。そして、世に出るのを待つ未完成の絵画も数多く残されている——その先には、彼のこれまでの歩みを振り返る回顧展も見えている。